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千葉地方裁判所 昭和42年(ワ)105号 判決 1969年2月13日

原告

岩崎貢二

被告

福島三郎

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金一四六万一、六四二円、およびこれに対し昭和四二年九月一日から支払ずみに至る迄年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因等として次の通り述べた。

被告は八千代市に於て運送業を営んでいるが、昭和四一年九月一六日午後一〇時頃自己所有の普通乗用自動車千5ぬ六七二六号を運転し時速七、八〇粁の速度で千葉市犢橋町五六〇番地先県道旭船橋線路上を四街道方面から船橋方面に向かつて進行してきた。一方原告は同所を船橋方面から四街道方面に向つて道路の右側(被告の進行方向からみて)端を無灯火の自転車に乗つて進行してきた。折から右側(被告の進行方向からみて)門構の家へ右折進行して入ろうとセンターラインから一米余離れて停止していた自動車があり、ライトも点燈したままであつたので原告はこれをさけて進行しようと右自動車の後尾を通過すべくハンドルを右に切りセンターライン附近によつたところ被告の運転する前記乗用自動車(以下被告車と云う)に衝突され、原告は路上に顛倒し、両下腿開放性骨折左大腿骨々折等の傷害を負つた。右衝突は被告が次の注意義務を怠つたことにより発生したものである。即ち被告としては停止していた自動車が原告運転の自転車(以下原告車と云う)等の進行の障碍になつていることは十分承知できるところであるから、その後尾に回つて進行する対向車があることを予想して減速等の処置を講じ事故を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠つて漫然被告車が進行した為に右衝突が発生したものである。原告は昭和二五年二月二一日出生し、新制中学を卒業し本件事故当時は千葉市所在の千葉運送店に勤務していた。原告は勤務先から日給八〇〇円の支給を受けていたが、本件事故の翌日から昭和四二年八月末日迄の二六三日間(日曜、祭日及び年末年始の一二月三〇日から翌年一月三日迄の五日間を除いた)前記傷害の治療のため入院加療乃至は自宅静養加療をなし(入院は事故当日から昭和四二年四月一六日迄)、勤務することが出来ず、従つて日給も支給されず、漸く昭和四二年九月一日から訴外有限会社千葉衛生社に本俸金三万三、〇〇〇円で就職することが出来た。従つて原告は本件事故がなければ二六三日に金八〇〇円を乗じた金額二一万〇、四〇〇円を勤務先から支給を受けられたのであつて、原告は本件事故によつて同額の金員を喪失した。亦原告は前記傷害の治療のため費用として訴外国立千葉病院に金二五万一、二四二円を支払つた(同院に対する入院治療費は合計金三五万一、二四二円であつたが、被告が内金一〇万円を支払つた)。従つて原告はこれと同額の損害を蒙つた。次に原告は前記傷害により右の如く入院加療を受け、亦自宅で静養加療をしたが、現在に至るも正座が出来ず、時折関節、足首に疼痛を覚え、これは今後一生完治しえないものと思われる。原告は中学卒業後就職したばかりで、本件事故により傷害を受けたものであつて、その精神的苦痛を金員で慰藉するとすれば金一〇〇万円が相当である。以上の次第であるから原告は被告に対して自動車損害賠償保障法にもとづき損害賠償として合計金一四六万一、六四二円、および昭和四二年九月一日から支払ずみに至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金を請求する。なお本件事件については原告にも過失があつたから過失相殺されるべきである旨の被告の主張は否認する。

第二、被告訴訟代理人は、主文一、二項同旨の判決を求め、答弁として次の通り述べた。

被告が八千代市に於て運送業を営んでいること、原告主張の日時場所に於て被告車と原告車とが衝突したことは認めるが、右衝突により原告がどのような傷害を蒙つたかは知らない。亦本件事故により蒙つた原告の損害については争う。本件事故は原告の過失により生じたものである。即ち原告は本件事故当時法令に違反して無灯火で自転車に乗り、事故地点附近を船橋方面から四街道方面に向かつて進行してきたが、被告車の先行車(ブルーバード)が事故地点に於て右折停車した為、原告車は右ブルーバードの後部を大きく右に曲つてセンターラインより一米以上も対向車道に入つて進行し、しかもその時には被告車は原告車の前方一五・三米のところに来ていた為、対向車道を直進してきた被告車と衝突したものであつて、本件事故は原告の過失により生じたものであり被告には何等の過失がない。そもそも一般の自動車運転者は自己の運転する車の前にとび出してくるものがあろうとは予測することが出来ず、むしろこのような危険を冒して対向車道にとび出してくるものがいないであろうと道路通行者を信頼して車を運転しているのであつて、この信頼関係を破壊した者こそが事故の結果について責任を負うべきである。なお本件事故当時被告車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたものである。而して被告は本件事故当時は時速六〇粁の速度で進行していたものである。

以上の次第であるから被告は本件事故については責任を有せず原告の請求は理由がなく棄却せらるべきである。かりに被告に過失があつたとしても原告にも右の如く過失があるので損害賠償額を定めるについては過失相殺を主張する。

第三、証拠〔略〕

理由

被告運転の普通乗用自動車千5ぬ六七二六号と原告運転の自転車が昭和四一年九月一六日午後一〇時頃千葉市犢橋町五六〇番地先県道旭船橋線路上に於て衝突したことは当事者間に争がない。〔証拠略〕によると右自動車は被告所有のもので被告が自己のための運行の用に供していたものであることが認められる。亦〔証拠略〕によると右衝突により原告は顛倒し、入院加療七ケ月を要した両下腿開放性骨折、左大腿骨々折の傷害を蒙つたことも認めることが出来る。そこで右傷害によつて生じた損害の賠償責任が被告にあるかどうかについて判断する。〔証拠略〕を綜合すると被告はトヨペットクラウン六一年式普通乗用自動車を運転して四街道方面から船橋方面に向つて、昭和四一年九月一六日午後一〇時頃千葉市犢橋町五六〇番地先県道旭船橋線路上をほぼ六〇粁位の速度で進行していたこと、同所は非市街地であつて、同所道路の幅員は約七米八〇糎余であつて、アスファルトで舗装され、見通しのよくきく一直線の道路でその中央にセンターラインが引かれていたこと、当時は晴れていて路面は乾燥しており、夜間のことで同所道路の交通量は少なかつたこと、被告車はその走向車線である道路センターライン左側部分(被告の進行方向からみて。以下全て同じ。)を走行していたが、道路センターライン右側部分には千葉市犢橋町五六〇番地訴外花島実方入口に入ろうとして、右折停車した被告車の前方を同一方向に向かつて走行していた訴外者運転の自動車があり、同自動車は道路センターライン右側部分の右側約三米五〇糎の幅だけ通行を妨害していたこと、被告は同所道路センターライン左側部分を進行中、同部分を同一方向に向かつて被告車の前方を走行していた訴外者運転の右自動車が右折し同右側部分に停車したのを認めたが、被告車の走行車線である同所道路センターライン左側部分前方には全く障碍物はなく、その前方に走向する自動車もみられなかつたのでそのまま六〇粁位の速度で進行を続けたところ、同所道路センターライン右側部分を船橋方面から四街道方面に向つて無灯火で進行中の原告(当時一七年)車を約四五米位手前で発見したこと、然しながら被告は当然原告車は同所道路センターライン右側部分で停止するか、又は同所道路センターライン左側部分の被告車の走行車線の中に入ることなく進行するものと信じ、そのままの速度でそのまま進行したところ、被告車の前方約二〇米位のところで原告車が同所道路センターライン左側部分に進出してきたので、被告はとつさに急制動をかけたが間に合わず、前記右折停車していた訴外者の自動車のうしろで、同所道路左側部分の左端から同道路と直角にして計ると左側から約三米離れた地点に於て被告車の前面中央部附近を原告車に衝突させ、原告を同所道路センターライン左側部分の左端の溝にころげ落とし、前認定の傷害を負わせたことが認められる。この認定を覆えすに足りる証拠はない。従つて右認定事実のもとに於ては、被告車の走向車線である同所道路センターライン左側部分に原告車が進出してこないと信じ、同部分を被告がそのままの速度でそのまま被告車の進行を続けてことは無理からぬところであつて、このような状況に於ては自動車運転者は同所道路に於て減速したり、警笛を吹鳴したり、亦は同所道路センターライン左側部分を出来るだけ左端によつて走向する注意義務を有しないと云える。むしろこのような状況に於ては原告車は同所道路センターライン左側部分に進出してはならないし、且つ同左側部分を走向している自動車(対向車)の進行を妨害しないようにする注意義務があると云える。ところで前認定に供した証拠によると本件事故当時被告車はその構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことが認められる。以上の次第であるから結局本件事故については被告の過失はなくむしろ原告の過失によつて発生したものであり、亦被告車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたのであるから原告の自動車損害賠償保障法にもとづく本訴請求はその外の点の判断をするまでもなく、理由がないことになり棄却を免がれない。よつて訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 中沢日出国)

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